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手から肘をつたい、頭へと昇ってくるこそばゆい感覚。 「あ・・ふぁ・・・ッ」
その強い《引き》に耐えられなくなり、アルトは膝をつく。 まるで、身体の中からを何かが嗅ぎまわりながら移動しているような。
閉じていた眼をアルトは開き、その引きの中心の移動していく先を見る。 喉元から腹下、そしてそのまま足へと行ったかと思えば突如また腰へ。
「こ、これってな、何なのよ・・ッッ」 それを見ながらヴァルロッサは
「いつものことさね、おとなしくおしよ。」
その体の中を動き回るそれはいつの間にか2つに分かれ、 その動きの激しさを増す。
「これ以上はだめ・・ぇ・・ッ・・!」 次の瞬間、分たれた二つの引きは動きを止めた。
突如として身体の中で消えた二つの動き。 いったい・・、あれどこに行ったのよ。 あれだけなんか人の身体の中動きまわっておいて、
「何処行ったのよ――――ッ!!」
「ここにいるが?」 「ええ、ここにいるのだけれど?」
突如小さな室内にこだまする二つの声。 しかし、いくらその声の主の姿はどこを見てもいない。 きょろきょろと視線を室内に向けていると、
バシンッ
といい音が室内に響き渡った。 音を鳴らしたのはアルトの頬。 頬がたった今叩かれたことを知らせるかのように、両頬に真っ赤な手形を残していた。
そして音を鳴らすために振られたのはアルト自身の手だった。
「我はエンキ。水の神にして禍の雄神。」 左頬をぶった手がしゃべった。
するとそれに呼応するかのように対の右手からさらに 「私はニンフルサグ。土の神にして鎮静をもたらす女神。」
アルトうらみがましく、自分の手を見るとその両の掌にはそれぞれ口が付いていた。 そう、赤く少し腫れぼったいものを上下にたたえたそれはまぎれもなく唇。
次の瞬間その《口》は開いた。
唐突に表れた口に完全に両の腕の支配権を奪われたアルトは 「あえ、ええと。」 と、眼だけでヴァルロッサに助けを求める。
「安心していいさね。これが契約の代行者さ。これから生まれるんだよ。」 と言うヴァルロッサの言葉とは裏腹に
「ちょっと、エンキッ。なんでアンタが私より先にでるのかしらっ!?」 「お前が出るのが遅いからだろうが・・。そんなんだから私はすぐ手くせがわるくなる。」 二つの口は突然いがみ合いを始めた。
「あらっ、そんなんだからアンタは何時まで経っても第一神になれないのかしら。」 「言っておくがいい。私はお前の助けなどなく―。」
ダンダンダンッ 硝煙の臭いが室内に一気に充満する。 「エンキにニンフルサグ。あんたらいつもそうなのかい・・?」 ヴァルロッサは呆れたように見知った二つの口に銃口を向けたまま尋ねる。
「ん?お、おおーっ、神噛ヴァルロッサではないか。」 「あら、あんたこんなとこでなにしてるのかしら。」
ぎゅんと、両手がヴァルロッサのほうを振り向いたので、 アルトからぐへという声と、どしんという体が顔から倒れる音がした。
「お前たちいつもそんななのかい?。」
自分たちのしたで、明らかにおびえた顔で見つめる一人の少女。 口はやっと自分たちの仕事を思い出したらしく。
「おお、これは済まないねお嬢さん。うちのが五月蠅くってね。」 「あら、五月蠅いのはアンタじゃないかしら。」
ジャキ・・、とヴァルロッサがまた銃口を向ける。
「とまぁあれだ。ニンフルサグよ、どうやら魔法使い様がお怒りのようだ。」 「えぇ、そのようね。噛みつかれる前に仕事を先に済ませるかしら。」
アルトの頭上で自分勝手に動いていた手が、 唐突に座り込んだ目の高さまで降り礼儀正しくも(アルトの手で)お辞儀をした。
「あ、どうも。」 アルトも自分の手に頭を下げる。
「我々は契約の代行者。神代より続く掟によりお前とこの世界との契約をかわそう。」
「さぁ、心をさらけだして。歌って。」
ギチギチギチ・・ッ
体中から音が、歯を打ち鳴らす音が聞こえ始める。 次の瞬間、アルトの体中からそれがあふれだした。
「勇気がほしいの?」 「元気がほしいの?」 「何が悲しいの?」 「何はあなたをもとめてるの?」
聞こえてくるのは総じてこどもの声。 それは止まることなく、アルトの体中から聞こえてくる。
「力が欲しいの?」 「でも何のために?」 「もっと欲しいものがあるから?」 「でもなんでそれを欲しがらないの?」
欲しがらないのではない、とアルトは思う。 決して欲しがらなかったわけではない。 機会なかったし、あったの日々を生きる絶望感だけ。
声たちは、アルトの感情を読み取ったかのように 「逃げる?」 「追いかける?」 「どうして?」
別に死んだあの子を追いかける訳じゃない。 もっと欲しいのはあたしがあの場所にいる以前の記憶。 そのまえのあたしの存在証明が欲しい。
「キミはきみを知りたいの?」 「世界を知ったきみはまだ君を知らないの?」 「でもいまのきみは何なの?」 「あなたは今そこにいないの?」
違う、違う・・。 あたしはいない訳じゃない。 あたしはここにいる。 だから、だからこそあたしはあたしの幻想を追いかける。 それはすでに失くしたのではなく亡くしたのかもしれない。 けれどあたしはそのあたしを知りたいのだから。
「あなたは後ろばかり。」 「でもあなたは前も向いている。」 「あなたは前に進んでいる?」 「それとも後ろに向かっているの?」
アルトは口を開く。 「あたしは――、前に進んでいるわ。 そう、だからそのために力が欲しい。 切り開くために、力が―欲しい。」
突如体中から聞こえていた声が、最初と同じく一瞬で消えた。
「いい歌を聞かせてもらったぞ。なぁ、ニンフルサグ?」 「えぇ、いい歌をきけたかしらね。」
アルトの手はアルト自身に拍手を送る。
「では、お前の望んだ形を与えよう。」 「あなたの望んだ形を生みましょう。」
パンっ、 とアルトの手はいい音をたてて合わせられた。
「さぁ願って。あなたの望んだものを。」 「欲しかったものをそこに描き出せ。お前だけのものを。」
アルトは言われたとおり思い描く。 自分の欲しかったもの、力を。 純粋に、余計なものは思い描かずに。
すると、手と手の隙間から光があふれだした。 こぼれ出るように光が落ちてくる。
「ぁあ、生まれたいって。」 「おぉ、可能性があふれだしているっ。」
あわされた二つの手がゆっくりと引き離されていく。 すると、星の形をした光る砂のようなものが大量にこぼれだす。
次第に姿を形を表す可能性の塊。
エンキとニンフルサグの二つの口からそれは生まれ出ようとしていた。 しだい吐き出されていくそれ。
「ほら、引き抜けッ!」 エンキの声と共にそれは右手にあるニンフルサグの口から勢いよく引き出された。
からんっ、かららん・・っ
という音が室内に広がる。 目の前に落ちてきたそれ。 生まれ出たのはまっ白い木の剣。 両刃をもつアルトが両腕を広げたくらいもある大きな木剣。
アルトはいつの間にか自由のきくようになった手をそれにのばした。 右腕で引き寄せたそれはしっくりと握ることができ、こんなにも大きいのに軽い。
「これが、あたしの可能性・・。」
「さぁ与えよう。進むことを望むお前に与えよう。」 「切り開く剣を与えましょう。あなたに戦士の職を与えましょう。」
「けれど踏み誤るな。力はお前の足を進めるが、よく間違える。」 「時には後ろを知り、そして誰かを頼りなさい。」
「「世界を切り開く明日に幸を。」」
そう言うと、エンキとニンフルサは何の音もなくそれは消えていた。
アルトは木剣を掲げては裏返し、真っ白な木でできた剣をみた。 何の飾り毛もない、剣。 わがままな子供が振り回していそうな剣にもみえる。
「おめでとうさね、嬢ちゃん。あんたもこれでLv.1の戦士職さ。」 ヴァルロッサはアルトに言う。
「おめでとさ。」
「うん、ありがと。」
アルトは手握った木の剣を掲げてみた。
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