夜の空の隙間に覗くのは三日月か追いかけあうように二つ並ぶ深い藍色の空。
時折指しこむ月の光に照らされるのは美しい湖。

ヨ・シュバラといわれる七つの湖が並ぶように回って存在する場所。
その泉には北に位置するスキハライの連山から順に
七姉妹の女神がその水面の中に住むといわれている。
イルがたつ湖の湖畔から水面の揺れるその上に掛けられた、
直径は500mとはあろうかという湖の真ん中まで伸びる細い桟橋の先。


「よう、大食漢・・・じゃなくて女神様いっますかぁ〜?」

その声に対して反応はない。
「あ〜、早急に対応しないとこの湖に俺の聖水をほうりゅうしま〜す。
 3秒前〜、さ〜ん、に〜・・・・・ ハイ、ハイスイマセン女神様っ。
 あのそれおろして!」

すごい勢いで水面から飛び出てきたのは世にも美しき女神。
しかしの両手にはすごく重厚な戦斧が握られている。
「あら、久しぶりに死にに来たのかと思ったのに。残念っ。」

てへっ、とおどけてみせる女神様。
しかしいまだ両手には重々しい斧が握られたままだ。

「シャレになんないからさ、ソレ。しまってくれって。」
それそれ、とイルは女神の物騒なものを指す。

あらごめんなさい、と大して悪びれた風もなく女神は謝ると
その危ないものをポイッっと湖へと投げ捨てる。

「それにしてもつれないわね。
 女神女神って…。
 ちゃんとメフラちゃんって名前があるじゃないのよ〜。
 つれないわねぇ、相変わらずっていえばそうだけれどね。」
そういって女神、メフラトス・ロ・スシュールは水からテーブルと椅子を二つ作ると
イルにも座るように促す。

「相変わらず見事な造形魔法だな、腕は落ちてないってか?」

「まぁ、ね。
 ここにいれば基本食べるものには困らないし、民からの宝物もあるしね。
 それにたまにはとうぞくもくるし、まぁ腕は落ちてないつもりよ?」
ミフラは水面から水を呼び出しリンゴや花などをかたどっていく。

「へぇ・・、色も着くようになったのかよ。」

「でしょ〜。
 水の屈折とか、不純物の量を調節することで結構できちゃうもんなのよねぇ〜。」

「そっか、そうだな。
 お前と最後に会ってから結構立ってるし。」
と少し感傷に浸りたくなる。

「そうね、と言いたいところだけど今日ここに来た本題はなに?
 あんたがそんなにセンチメンタルッジャーニーだんて知らなかったわ。」

「ばればれか。まぁお互いそんな話をするガラでもないか…。
 本題なんだがよ、俺を監禁してたのって誰だ?
 俺がいた場所はそのあと歪みが浮上してきたから
 よくわかんねぇーんだけど見た感じありゃ―・・・」


「キストラ【深界】」
ミフラがイルの続きを口にする。

「…キストラ【深界】、やっぱ歪みの虚界か。」

「えぇ、ここにもだいぶ前だけど一度その波にのまれそうになったわ。
 まぁ、優秀な私にかかればそんなのわけないんだけれどね。
 でも問題なのは人間達のほうよ。
 王下の都市ならそれなりに使える魔術師たちがいるだろうけど
 あの深域の歪みから小さな街なんかがまともに助かるはずもなく、よ。」

イルは大きくため息をつく。
自分がいたあの世界は確かにおかしかった。
あの場所の周りが歪みにとらわれていたとして、
それから自分の縄張りを示すだけのハウスワーカーもランドワーカーもそうはいない。
いるとすれば壺独ノ時代を生きたものくらいだ。

「俺は今この湖の北にあるクルタの村の近くにいるんだけど、そんな感じはなかったぞ?」

「あの村は私に貢物をしてたからね。
 ちゃんと守ってあげたのよ、ただ女神様女神様言われてるわけじゃないのよ。」
真面目なのよ?、と何気に偉そうにいうメフラ。

「水で作り上げたあたしのテリトリーで村を覆いつくしたの。
 今ではこの湖一杯くらいなら私のオドを通わすことができるから余裕ね。
 で、そうやって結界張ってたらいつの間にか過ぎ去ってたわ。」

イルは顎に手をやりうーんと唸り、
「てーことはだ。
 その虚界は移動してたんだよな。
 どっちからどっちに分かるか?」

メフラは少し考えたあと
「南西から北東へだったと思うわ。
 メキドア帝国との境にあるキリキ山を越えてこのアルストロメリア国に
 それが入ってきたのが4日前のことよ。
 けどそれは入ってくるのに相当な時間をかけてた。
 確かキリキ山の渓谷道を抜けてきたと思うけどあそこには
 厳ついドワーフが住んでたはずよ。
 きっとそこの人祓の結界に阻まれたのね。
 だから直接キリキ山を通過できなかったのよ。
 でもそうまでしてこの国を通って行くのに何か意味があるのかしら。」 

4日前か…。
ここをとおって北東。
このままいくとフェネフリード教国にはいるな…。
そうするとおちおち手も出せない。
追いかけるならすぐに出なけりゃだめか。

「東北へね・・・。
 このままいくとフェネフリードってわけか。
 あそこってやっぱ未だに近代淘汰なんだろ?」


「えぇ、あの国は自然共存の名のもとに未だに危ないハッパをつくてるらしいわ。
 けど前教皇だったフィシア17世が崩御したらしいから今の国情はわからないけど。」

壺独の時代を過ぎ、宵の世代をすぎた今、
世界には無数の国家が出来上がっている。

しかしそのほとんどで王が長く在位することはない。
その中でもこのアルストロメリア国は女王制が敷かれるようになってからは
とても安定し、近年では3大国の次に控える11大国に名を控えるようになっている。
メキドア帝国は11国のひとつである。
フェネフリードはその11国にも入っていない小国だ。

度重なる内乱や騎士団の王崩御へのクーデター。
きな臭い話が全く絶えない国だ。
さしては国境であるジス教は危ない違法魔法薬などを使用している話もある。

「追うつもりなの?」
メフラが言う。

「あぁ、フェネフリードに入られたら追うのはまず無理だ。
 かといってあの国に入られたら外へほとんど流通のないあの国だ。
 完全に足が途絶える。
 その前にあの虚界を陥す。」

メフラは淡々と言うイルを見て
「虚界のはすでにこの世界から切り外されたはずの存在よ。
 【今の】あなたではその壁を超えれるとは思えない。
 勝算はあるの?」


 

「ある。」
イルはあっけらかんと言いはなつ。

「あっさり言うわね。
 あんたがここに来たってことは協力でも得に来たつもりでしょ?
 残念ね、当てが外れて。」
メフラは席を立ちイルのほうへと近づく。

「あんたと私の関係はあくまでも・・・いえ、すでに過去のものよ。
 私たちは元パーティー。
 昔のあんたならともかく、今のあんたとつるむほどあたしは暇じゃないし義理深くもないわ。」

メフラはそう言うと自分の座っていた椅子と机を水に返す。
どうやら帰れということらしい。
イルがそれを見て席を立つと途端、椅子は水に帰って行った。

「悪かったな。情報ありがとよ。」
イルは来た桟橋を岸へ向かって歩き出す。

手をこちらも見ずに振るイル。
メフラはいつもイルに聞いてきた言葉をも一度聞く。
今も彼が彼であり彼であらんことを知るために。

「あなたはどこに?」
イルは足を止める。
懐かしいその言葉にこたえるために。
「俺はここだ。」

「なぜそこに?」
「俺は俺を知ったから。」

「どうして?」
「俺は恐怖するから。」


昔からよくかわした問答句。
メフラは彼がまだ彼であることを知る。
そういった彼に偽りはないのだと思える自分がいる。
今の彼にもしあの時の名残があるとすれば彼が彼であることだけだ。

肉は変わっても骨は変わらない。

今から自分が言うことは確実性のないギャンブル、
そうなるかもしれないことをメフラは予感する。
しかし、今の彼にはきっとこれが必要なのだ。

「一つだけ提案があるわ。」

メフラはイルを真っすぐな視線を向けながら言った。




 


















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